天気がよかったので
仕事が終わって八王子に戻り、天気がよかったので東急スクエアの下にあるスタバのオープンカフェでアイスコーヒーを飲みながらボサノバを聴いていました。

ここのスタバは店内でジャズを流しているのですが、なにせ禁煙なので辛い。外は喫煙可能で、言えば灰皿を貸してくれます。店員さんにも気が利く人がいて、足を痛めて松葉杖を突いていたとき、何から何まで外に運んでもらいました。
以前に紹介した京王八王子のEspresso Americanoは撤退してしまったようで、残念です。
仕事が終わって八王子に戻り、天気がよかったので東急スクエアの下にあるスタバのオープンカフェでアイスコーヒーを飲みながらボサノバを聴いていました。

ここのスタバは店内でジャズを流しているのですが、なにせ禁煙なので辛い。外は喫煙可能で、言えば灰皿を貸してくれます。店員さんにも気が利く人がいて、足を痛めて松葉杖を突いていたとき、何から何まで外に運んでもらいました。
以前に紹介した京王八王子のEspresso Americanoは撤退してしまったようで、残念です。
東洋大学へ行った日の昼ですが、最近は学食のCiao! A Domani (それじゃ!また明日)というイタリア風の洋食屋を利用しています。
このお店は定食部門とパスタ部門に分かれているのですが、ご飯食べないと食べた気がしない私としてはもっぱら定食部門。ランチは「ローストチキンの照り焼きクリームソース」か「ロースとポークのジンジャーソース」にサラダ3品がついたものが人気で、私もそのどちらかを食べます。
今日はチキンのほうを:

照り焼きクリームソースには最初懐疑的でしたが、食べてみると実に美味しく、はまっています。ご飯の横に直接盛り付け、ソースがご飯にまでかかるのですが、これがいい!また、サラダが秀逸で8種類ぐらいあるサラダの中から3種類選べるのですが、彩りや味の組み合わせが楽しい。今日は「トマトのバジルソース」「ポテトサラダ」「インゲンのベーコン炒め」をチョイスしました。
ちなみにここの店員さん、ふかわりょうに似た人や柴田理恵風の人、かつみさゆりのさゆりちゃんに水道橋博士までいて、華やかです。
カレーのマントラも営業中で、もう少し暑くなってきたらマントラに行こうかと考えています。
お盆から以降、歯を痛くしていてちょっとユーツだったので書き込まずにいました。
しかし、今夜の(いまも落ち続けている)雷ときたら凄いです。これまで雷が「うるさいもの」「不気味に光るもの」というのは知っていましたが、今夜の雷は「眩しい」。なにせ四方1kmぐらいに立て続けに10発ぐらい落ちています。したがって音はfff(フォルテッシシモ)。通り過ぎたようだったのでビールを買いに走りましたが、戻ってくる途中で第3楽章が始まって、アダージョとはいかずアジタート。100m先にも落ちました。さらに怖いのは雨で家の前の浅川が大変なことになっている。もうね、いつ切れてもおかしくないぐらい堤のそばまで水が迫っている。泥の臭いも激しいし(土砂崩れのときはこの臭いが前兆のようです)。
シェークスピアのソネットに
And nights bright days when dreams do show thee me.
(夢が私に君の姿を見せる時、夜は昼と輝く)
というのがありますが、今夜は黙っていても昼と輝いています。

京王八王子には事件の翌々日に用事があって出かけましたが、マスコミが多くて道が混んでいました。
上の写真は路肩に停車したマスコミのハイヤー。何故マスコミのか分かるかというと、全部練馬と品川ナンバーだから。
裏通りも車が停まっていて、普段「呆れた!違法駐車の実態!」などと夕方の5時35分あたりから正義の放送をしているテレビ局もこの中に混ざっているのだろうなぁと思いました。
そして彼らが「"この"呆れた実態!」を放送することは決してないのでしょう。
違法駐車監視員のひとがチェックしていましたが、罰金など取材費に組み込まれているのかも知れません。
知り合いの文房具店主と話していたら、最近レポート用紙が売れなくなってきていると言っていました。たしかにパソコンやワープロの普及のため、レポート用紙で手書きレポートを提出してもらうということはかなり少なくなってきました。けれども授業で各自で紙を用意して提出してもらうときなど大半の学生がレポート用紙を使っているから、全く使われなくなったというわけではなくて絶対的消費量が減ってしまったのでしょう。私自身レポート用紙を買わなくなってもう10年以上になります。
レポート用紙に代わってよく使うようになったのがリーガル・パッド(法律用箋)と呼ばれる黄色いパッド(はぎ取り式ノート)です。

上の写真は伊東屋のリーガル・パッドですが、なぜ黄色なのかというと、正式な文書(最終稿)である白色と区別し、まだ書きかけの草稿であることが一目で分かるようにするためだと言われています。たしかにこの色分けは便利で、私のように年がら年中机上が散らかっている人間にとっては本当に助かります。これまでは、都心へ出た折りに銀座や新宿の伊東屋で買っていましたが、今度Ito-ya e-STOREというネット通販の店舗が出来たようで、買いやすくなります。八王子のヨドバシカメラではMeadのビュートンリーガル・パッドを大安売りしていましたが、いつの間にか店舗に置かなくなったのでわざわざ取り寄せるかネット通販を利用する必要があります。ソニプラでも時たまMeadのリーガルパッドが置いてありますが、これもまた不定期です。
用途としては会議や話し合いなどでのメモ、ペーパーやノートを作成する前段階のブレイン・ストーミングなどが考えられますし、私自身もっぱらブレイン・ストーミングに利用しています。しかし、こうなるとC/P比が重要になってきます。伊東屋製が一冊600円ぐらい、ソニプラもそれぐらいでした。一方ヨドバシは50sheetsが4冊で400円と非常にお値打ちです。消耗品ですからこれぐらいの値段で手に入れたいと思っていますが、名前から分かるとおり、リーガルパッドとは本来金満の弁護士が使うものなので、どうも贅沢品のような位置づけになっているのだと思います(笑)。
ここでいうノートとは大学ノートのことで、綴じ方として糸綴じ、リング綴じ、ホチキス綴じなどがあります。それぞれ一長一短ありますが、何度も見返すノートには糸綴じを、スペースの狭いところで使う可能性があるならリング綴じを選ぶといいでしょう。
今回は、日本で手に入る代表的なノートとその使用感について簡単にレポートしてみようと思います。まずは大学ノートの代表、セブンイレブンでも手に入るコクヨの「キャンパスノート」です。

上の写真は最近復刻版としてでた「復刻版キャンパスノート」です。左が初代、順に2代、3代、そして4代(現行)。こうやって眺め渡すと面白いもので、それぞれのノートとそれぞれの時代が私の中でもシンクロしていたりします。中学高校生の時はたぶん初代を使っていたんだと思いますが、その頃はルーズリーフなども使っていてぼんやりとした記憶しか残っていません。一番鮮明に覚えているのは2代目で、大学から院にかけて取ったノートの大半がこのキャンパスノートです。3代目?4代目もしょっちゅう目にしているおなじみのデザインですが、このころになるとたぶん次に紹介するツバメノートやTSノートに移行したのでしょう、ほとんど使ったことはありません。

コクヨよりも知名度は落ちますが、品質が高く、文具マニアの間で有名なのがそのツバメノート(写真)です。表紙のデザインなんか、オーソドックスというか、地味すぎて却ってクールな感じがするほどです(笑)。このノートは紙がフールスキャップといってすかしの入った厚手のプリンとした紙質なので、万年筆や水性ペンで書くのに向いていると思います。私はとくに、「クリームノート」のファンで、これを使って仕上げたノートは結構な冊数になります。
しかし、ツバメノートよりもさらに厚い紙を使った高級ノートがフランスのクレールフォンテーヌです。(写真下)

ただ、ここまで来るとちょっと高級品レベルで1冊300円近くしますから実用的ではないですね。また手に入りづらいノートだと思います。私の場合はいつも行く近所のソニプラで購入しましたが、たまたま入荷されていたという感じでしょうか、次に行ったときは品切れでした。これに万年筆で筆記をすると、すらすらと筆が運びとても楽に書けます。またフロー(インクの流出量)の多いペンでも裏写りを気にせずに書くことができます。現在「アカデミック・ライティング」の授業用ノートとして使っています。
リングノートというとどうしても外せないのが、コクヨのフィラーノート(写真下)です

これはリング綴じで、リーフにキリトリ線とバインダー用の穴があいていて、普段はノートとして使えるけれど、提出するときには切り取ることができ、ランダムに記入していっても後で切り取ってバインダーに整理できるという優れたノートです。アメリカのノートにはよくこの手のものがあるのですが、日本製というとこのフィラーノートしか見かけないように思います。このノートは最近出たものだと思っていたのですが、コクヨ100年物語で調べてみたら驚きました。1961年からの商品なんですね。
実は最初、このノートをクラス全員に買わせてノートの取り方から何から指導しようと思っていたのですが、シラバスを作成していくとどんどん時間がなくなり、結局この案は削ることにしました。「アカデミック・ライティング」のクラスでは使おうと最後まで計画していたのですが、提出物をタイプして出してもらうので、学生に余計な出費をさせても悪いと思いここでも使うことを諦めました。
アメリカでこのタイプのノートというと「ミードノート」が真っ先に思い浮かびます。このノートについてはエッセイを書いていますのでよかったらご覧下さい。
教科書にちょっとしたことを書き込むときは鉛筆やシャーペンがうってつけですし、実際大半の学生さんもシャーペンを使っています。そこで今さら「鉛筆とシャーペンの使い方」などというテーマで書いても仕方がないので、今回はよくできた鉛筆とシャーペンについて品名を挙げながら紹介したいと思います。
まず避けるべきは「多機能ペン」、一言でいってしまえば「シャーボ」です。このタイプのペンは会社員が内ポケットからサッと取り出してメモを取るためにこそ向いているものの、ちゃんと筆箱を持っている学生がこういう筆記具で済ませているようではまず見込みがありません。なぜでしょうか。ガタつくからです。機構の関係上このガタは仕方ないのですが、こういうガタつくペンで書いていて何も感じないようだとまず将来の見込みはありません。したがって、優れたシャーペンというのはガタつきを極力取り除いたものだということができます。
最初に取り上げるのはStaedtlerのシャーペンです。Staedtlerは19世紀初頭からドイツの鉛筆会社としてトップクラスを走っていましたが、とくにこのメーカーが得意とするのが製図用品で、正確さを要求される製図用品で培われた技術がこれらシャーペンにも遺憾なく発揮されています。このシャーペンの唯一の欠点は「決して落としてはならない」ということです。精密に作られているため先端から落とそうものなら間違いなくペン先が曲がったり折れてしまいます。この欠点を「ダブルノック」というしくみで解決し、グリップにもラバーを仕込んで感触をよくしたのが日本の誇る筆記具メーカーぺんてるの「グラフギア」です。こちらも製図用。トップページからだと、なぜか行きづらくニュースリリースのページからたどり着きました。もっと誇ってよい、全面に打ち出してよい製品だと思うのですが、会社としては特殊用途であるという理解なんでしょうかね。
一方、私はほとんどシャーペンを使うことはなくもっぱら鉛筆です。普段持ち歩いているのはFaber CastellのUFOペンシルというちょっと変わった鉛筆ですが、家で使っているのも同じFaber Castell社の世界でもっとも有名な9000番鉛筆です。一般に外国の鉛筆の硬度は同じ硬度でも日本のそれよりもいくぶん硬く、たとえば日本の鉛筆でBぐらいの硬度が欲しいときは2Bから3Bを使うとちょうどよい感じです。私は万年筆使いで筆圧をかけずに書くことになれてしまっているので、現在は3Bを使ってだらだら書いています。これと並び称されるのが先ほどシャーペンで取り上げたStaedtlerの鉛筆Lumographです。こちらも製図用という位置づけですが、当然ノートに使用しても書き味を楽しめます。そして日本が誇る三菱鉛筆のハイユニ。ひょっとすると書き味は世界一かもしれません。私が常用しないのは表面の塗装がプラスティッキーというか、ピカピカし過ぎていてペンキ塗りたてみたいな感じがするからです。一方上で取り上げたドイツ製の鉛筆は水性塗料を塗ってあるので下にある地肌の木の感触が残っていて握ったときの手触りがよいのです。
まず形から、というのもありだと思います。何気なく使っているシャーペンや鉛筆を意識的に選択するということもまた自分がそれを使って成し遂げることに対する意識やモチベーションを高めることにもなるのではないでしょうか。
筆記具総論はここまでにして、次回からは紙製品を取り上げてます。
これもまた日本で開発された技術で、1980年代後半にサクラクレパスが「ボールサイン」という商品名で売り出したのが最初だといわれています。これは従来の油性ボールペンと水性ペンそれぞれの欠点を補う形で開発されました。油性ボールペンとは反対に「ボテ(ペン先に付着するインクの固まり)」を出さず書き味も軽く、そして黒がくっきりと黒いボールペン、また水性ペンとは反対ににじまず液漏れをしないボールペンという命題をクリアーしたのがこのペンです。欠点といえば「インクの減りの速さ」ということになるのでしょうが、これも「使い切った」という満足感を与えると考えればあながち欠点ともいいきれない特徴です。
このサクラクレパスの技術を取り入れて、現在では文具メーカー各社がこぞってゲルペンを発売しそれぞれ付加価値をつけて市場を争っています。ブログにも以前書いたのですが、その競争が妙な方向に逸れてユーザー無視の極細競争になっているような気もします。ともあれ、使いやすさと発色の良さで「もう、どれがどれやら分からない」ほど多くの種類が発売されていますが少し整理して紹介したいと思います。各社ともそれぞれ代表的ラインをもち、そこに「ノック式」「ラバーグリップ」「独自色」「ラメ入り」「極細」はては「香り付き」という付加価値をつけているので、まずはこの代表的ラインを知っておくとわかりやすいでしょう。各社の代表ラインは次のようになります。
個体差が大きいので試し書きは欠かせませんが、ただやみくもに試し書きをしても意味がありません。ゲルペン最大のポイントは書き出しです。書き出しがかすれるものはゆくゆく使い物にならなくなります。必ず書き出しをチェックしましょう。筆感ですがどうも同じラインでもキャップ式とノック式ではインクの性質が若干違うようで、概してキャップ式の方が書き味がなめらかなものが多いようです。しかし、ノック式の方が機動性に優れているのでここは使い方と相談して決定した方がいいと思います。
極細のペンを使ってノートを書いている人をたまに見かけますが、超極細は書き味もよくないしあまり薦められません。あれは手帳用なんですよね。ノートを買うお金にも困っているなら細かい字でびっしり書くのも理解できますが、ふつうは0.5ぐらいの太さでサラッと書いた方が「書くこと」に気を取られなくていいと思います。
いろいろ調べていくと、どうやら水性ボールペンは日本で開発されそれが海外で大ヒットしたそうですが、詳しいことはトンボのサイトを見てもらえれば分かると思います。
水性ボールペンの長所は万年筆ほどではないにせよ筆圧をかけずにさらさらと字が書ける所です。これはそもそもの発想が「万年筆の書き味とボールペンの簡便性」を両立させようというコンセプトであったことからも当然だといえるでしょう。したがって、短所もまたここから導き出されます。それは「にじみやすい」点です。紙質にもよりますが、わら半紙やペーパーバック、あるいは薄紙の教科書などに張り切って書き込むとほぼ100%滲みます。紙質というのは不思議なもので、いわゆる1平方メートルあたりのグラム数(これが多いほど「厚い紙」となります)に比例するわけではなくて、薄手の紙でも滲まないものもあれば、厚紙なのにはげしく裏写りするものもあります。えてして教科書の紙は裏写りしやすいので水性ペンを使うときは気をつけた方がいいでしょう。
水性ボールペンには直液式と中綿式がありますが、文房具マニアがいつも取り上げる直液式水性ペンとしては次の3つが代表的です。
トンボのMonoballはまさに私にとって青春の筆記具でした。学生自治会に属していたので日に何枚もの報告書や書類を書かなければならなかったのですが、そうしたときにこのペンは非常に役立ちました。何というか神話ではないけれど、「報告書を書くならこのペンで」という雰囲気がありました。このペンの欠点は暑い時期になるとインクがドボッと漏れたりするんですよね。おまけに顔料インクということでなかなか落ちないので結構苦労しました。
パイロットのVcornはずっと後になって知ったものです。このペン、実は密かに水性ペンの最高傑作ではないかと思っています。筆圧をかけると楷書体が上手く書けるのは当然で、報告書をMonoballで書くときも、当然のように筆圧をかけていました。しかしこれだと水性ペンのメリットを消してしまうことになるわけです。しかし、筆圧をかけないとボールに引っ張られる感じで線がまっすぐ引けない。ところがこのVcornは低筆圧でも狙った線を書くことができるのです。この辺の事情は相性の問題もあると思いますが、Monoball一本槍の人は一度試してみたらいいと思います。線はMonoballに比べると若干細いですが液漏れの心配もなさそうです。
Ballぺんてるは日本を代表する文房具らしいのですが、どうも楷書体などきちんとした字体を必要とする報告書系には向いていないようです。というのも、線の太さがまちまちになりがちなんです。ある意味では万年筆にもっとも近い書き味で、上のリンク先の人も評していますが、きっちりした文字を書くよりもサラサラっと殴り書きをするときにこのペンは真価を発揮するように思います。もう一つこのペンで特筆すべきは青インクです。上の3つは青インクがどれも特徴的で、MonoballやVcornが鮮やかな青をしているのに対して、Ball ぺんてるの青は万年筆でいうブルーブラックに似てとても落ち着いた渋い青です。この青が好きでいまでもメモを取るときにこのBallぺんてるを使ったりします。
報告書や履歴書を書くとき、授業のノートを「ノート」に書き込んだりメモを取るとき、手書きのレポートを提出するとき、これらの水性ボールペンが役に立つでしょう。
ここでいうボールペンとは油性ボールペンのことです。水性ボールペンとゲルインク・ボールペンについては次回以降書く予定です。
ボールペンの特長は二つあります。一つは「メンテナンスが楽」であること、もう一つは「にじまない」ことです。万年筆がインクを吸入したりカートリッジを入れ替える必要があるのに対して、使い捨てボールペンはともかく入れ替え式のボールペンでも替え芯を取り替えるだけで済むわけです。それにキャップをはずしておいてもインクが流れ出したり、逆に乾燥して使えなくなったりすることはそうそうありません。初期の頃はインクの流出があったといわれていますが、インクの粘度を上げることで解消されています。にじまないというのは質の悪い紙に書かなければならない時にはかなり重要で、この点では万年筆と水性ボールペンは席を譲らなくてはなりません。いまはあまり使われなくなりましたが、昔は藁半紙や更紙と呼ばれる質の悪い紙がよく使われていました。こういうときは鉛筆かボールペンしか対応のしようがなかったものです。
ボールペンの欠点は1つだけあります。インクの粘度が高いことにより流出がなくなった反面ある程度の筆圧をかけなくては書けなくなったことです(しつこいようですが洒落じゃないよ。もっとも、その筆圧のおかげでカーボン紙に書くときにうってつけの筆記具ともなりましたが)。一定の筆圧を必要とすることで長時間筆記には向かないものになりました。がんばって根性発揮して書くことは可能ですがそれで何かが良くなるわけではないですからね。もっとも油性ボールペンでもbicのボールペンやOHTOの「ソフトインク」などはこうした弱点を改良してかなり書きやすいものになっています。そして弱点とはいえないけれど、油性インクのもつ「発色の悪さ」はゲル・ボールペンの登場によって払拭されましたが、このことは後に譲ります。
ボールペンの使い道ですが、私は「書類記入」と割り切っています。これだと筆記時間は短時間で済みますし、さっと書類を渡されてさっと書き込むことができるからです。学生が使用するときにはどんな使い方が考えられるでしょう?あまり浮かびません。学生課や教務課の書類に書き込むときに使えばいいと思います。なおボールペン全般について体験や感想を交えてブログに駄文を書いています。参考にしてください。
万年筆の特色は「万年保つこと」でも「正式っぽいとこ」でもありません。これは「ほとんど筆圧をかけなくても書ける」という点なんです(洒落じゃないよ)。これを無視して筆圧をかけて書くと万年筆は傷んだり、最悪壊れたりします。そうすると万年筆にふさわしい状況というのが見えてきますね。そう「筆圧をかけて書きたくない状況」です。言い換えれば「長時間筆記するような状況」、だから昔の作家さんはみんな万年筆を選んだわけです。しかし、ワープロ・パソコンの普及でこの長時間筆記のメリットをそれらに譲ることになり、反対にメンテナンスの面倒さや正式っぽさだけがクローズアップされ、万年筆は趣味の分野になってしまいました。その結果、異常にゴテゴテと飾り立てた限定万年筆や超高級万年筆が幅を利かせることになってしまったのです。それはちょうど、神社仏閣が「現実と斬り結んだ存在」であるうちは、人々もそれらを無視していられるのに対して、「現実の意味を失ってしまった存在」になるやいなや観光地として人々がその存在を意識し、しばしば出かけたりするようになるのと似ています。ハイデガー風に言えば存在の存在性が感じられるようになったということでしょう。
しかし、ここでは万年筆品評ではなくて、あくまでもツールとしての万年筆を考えていきたいと思います。司法試験の受験生の間では常識になっているのですが、万年筆は「論述型試験」に向いています。長い文を書き続けなければならない試験の時、万年筆はその実力を遺憾なく発揮します。私が院生だった時にある先生の試験の監督を手伝いましたが、その先生もまた「ペンで書くように」と指示されていました(そのメリットを理解できていない学生には不評のようでしたが)。
「ペンは自由に消したり書いたり出来ない」という不安を持っている人も多いと思いますが、これが逆に注意深く書く、まとめてから書くという習慣を促すことにもなります。私に関していえば、授業で取るメモ風のノートは主に鉛筆、それがそのまま見返せるようなノートに仕上がることが見込めるならば水性ペンを使っていました。そして前者のノート、つまり殴り書きでメモった程度のノートをまとめるときに、万年筆を使い糸綴じノートに写したものです。ペン先の太さはいろいろ試してみたけれど、F(細字)がいいようですね。XF(極細)だとカリカリしすぎるし、M(中字)だとノートに書くときにボタっとした感じになります。趣味と実用を両立させて万年筆を使うことの出来る時期は、一部の人を除いて学生時代だけだと思います。学生の人はためしにノートまとめや試験で万年筆を使ってみてはどうですか?
タイトルは冗談ですが、文房具にも、それを用いるのがふさわしい状況とそうでない状況とがありますね。ここではまず筆記具と紙製品を取り上げます。筆記具というとざっと思いつくのは、「万年筆」、「毛筆」、「ボールペン」、「ローラーボール(水性ボールペン)」、「サインペン」、「シャープペン」、「鉛筆」といったところではないでしょうか?一方、紙製品というと「大学ノート」、「ルーズリーフ」、「レポート用紙」、「原稿用紙」、「半紙」などが代表的です。ここでは「毛筆」と「半紙」は除外しておきましょう。これらは残念なことに特殊な状況で用いられるものになってしまってますから。反対に紙製品の中に「教科書」というのを加えておきましょう。授業ベースで考えると、教科書に書き込むことは非常に多いですから。次回からは、各製品の特色とそれらを用いるのにふさわしい状況とについて考えていきたいと思います。
年末になるとどこの本屋、文房具屋に行っても手帳が賑々しく店頭を飾っていますね。私はこれまであまり手帳を使うことはありませんでした。たいていのことは記憶できたのと、仕事の関係上イレギュラーな業務がほとんどなく、学生と一緒で机の上に一週間の時間割表を貼っておけば事足りていました。必要なのは飲み会がいつあるのかぐらいで、そういうことだけを裏紙にメモっておけば済んだというわけです(笑)。しかし近年はそうも言っていられなくなったので、手帳を使うことにしました。
そうして調べてみるとあるわあるわ、「こんなに手帳って出ていたんだ!?」と驚くほどの種類や量が売られているのに気づきました(って、遅いですか?)。そしてその氾濫ぶりに一体どれを買えばいいのかしばらく迷いました。そこで片っ端から眺めて見ましたが全然違いが分からない。それもそのはずでこれだけ多種多様な手帳類も、実はいくつかのスタイルに分類でき、メーカーではそれ以外の部分に差異をつけてシェアを争っているんですね。そのことに気づくと案外すっきり手帳を選び出すことが出来ました。手帳は大きく分けると、「マンスリー」「ウィークリー」「デイリー」に分けられます。もちろんこれらを一冊の手帳で組み合わせているのですが、大きくはその3つです。
「マンスリー」すなわち一ヶ月スケジュールの表示方式は代表的なものとして、「リスト型」「カレンダー型」に分けられます。「リスト型」というのは縦書きであれ横書きであれ、一ヶ月が一続きで並んでいるものです。一方「カレンダー型」は文字通りカレンダー状に矩形が並んだ見開きページがあり、ユーザーはその日のコマに予定を記入していくタイプです。私や学生のように週という単位で行動する人は記入や閲覧のし易さからカレンダー型を選ぶ人が多いようです。このマンスリーだけで完成した手帳は、たとえば高橋手帳のリベルシリーズなどが代表的です。これは薄く軽いので携帯性が高く便利なのですが、予定が少し立て込んだだけでギュウギュウな感じになるので、普通はマンスリー部の次にウィークリーが来ます。
ウィークリーこそ、各社がこぞってその妍(けん)を競っている部分だと思います。見落としがあるかも知れませんが、大きく分けて3つ、すなわち「レフト式」「セパレート式」「ヴァーティカル式」です。「レフト式」というのは能率手帳や、高橋の手帳、そして我らが潮出版の文化手帖などが採用している方式で、見開いて左側に一週間の日記欄、右側がメモ欄となっているものです。そして大概日記欄には時間の目盛りが振ってあります。「セパレート式」は見開きでたとえば左側に月?木、右側に金?日というように日記欄が振り分けられていて、ちょっと工夫すればスケジュール帳ではなくて日記帳としても活用できるようなスタイルのものです。能率手帳や高橋手帳、あるいはちくまの文庫手帳などがこうしたスタイルを取っています。最後の「ヴァーティカル式」は、最近でこそ様々なメーカーが取り入れていますが、なんと言ってもフランスのクオバディス(Quo Vadis)で有名な方式です。一週間が細長く横に並び、各曜日の時間軸が垂直(ヴァーティカル)に切ってあるためヴァーティカル式と呼ばれるわけです。これは構造上レフト式よりも時間軸を多く(あるいは長く)とれるので、時間管理が必要な人にはむいているようです。私は今年これを使っていましたが、時間管理の必要があまりないのでそれほどメリットを感じることはありませんでした。むしろ、国産の手帳になら必ずといっていいほどついている「マンスリー」の部分がばっさり削ぎ落とされていたので、手帳の前の部分に別のマンスリーリフィルを貼りつけて使っていました。これ以外にもあると思いますが、まずはスタンダードな「レフト式」、日記帳にもなる「セパレート式」、そして時間管理の「ヴァーティカル式」が代表的なスタイルとなります。
デイリーは一日一ページの手帳を指します。ここまで来ると手帳はかなり限られてきます。というのも一日一ページですから必然的に分厚くなりますよね。ですからそれなりに判型も大きくないとバランスが悪くなる。そんな中でかなり頑張っているのがモールスキンポケットデイリーと、最近評判のほぼ日手帳です。モールスキンは、私も新宿の伊東屋で出して見せてもらいましたが、かなり分厚いものでした。多分あれで殴られたら怪我をするでしょう(笑)。一方のほぼ日手帳ですが、紙を工夫したようでかなり薄く仕上がっています(といってもかなり厚いですが)。この手帳は主婦などが日記をかねて使えるということで人気があるようですが、私も今年はこれを買ってみました。一日一ページなので授業で言おうとする事や、人から聞いた話や指導を書いておくことが出来そうだからです。各ページの下にあるコラム欄も面白い読み物になっています。
最近は手帳ブームであるらしく、手帳関連の書物もまた手帳並みに店頭を賑わしています。私は大した手帳の使い手ではないのでそれらの書籍のように参考にはならないと思いますが、素人が見た最近の手帳事情ということで読んでいただければ幸いです。
本州太平洋側の人間は鮮やかな緑を好み、さらに九州や沖縄になるとオレンジや赤を好むようになると昔なにかの話に聞いた。太陽光線の強さと、その地域の人々が好む色には相関関係があるという話だ。私は最近とみに「オレンジ色」に惹かれるようになって困っている。オレンジ熱といってもいい。なぜ困っているかというと「いまさらオレンジ色って歳でもあるまい」という色と年齢との間の無根拠な思いこみが原因である。根拠がある思いこみというのは、その根拠を検証し批判すれば思いこみ本体も解消されるから大して困らないのであるが、無根拠の思いこみというのはあらゆるところから根拠を引っ張って来たりしてなかなか無くならない。これは無根拠な差別や偏見は、無根拠であるがゆえに却って強力である事からも分かるが、ここはそういう大切でムズカシイことはちょっとおいといて次に進む。

数年前に「ロディア」(上の写真)を買ったのがオレンジ熱の始まりであった。当時、「大人といえば黒革でしょう?」と無根拠に思っていたのだが、この黒革製品の間にオレンジのロディアが挟まると鮮烈な存在感を発揮した。これが始まりとなり、電子辞書のケースもオレンジ、ペンも以前紹介した「bicオレンジ」やカラン・ダッシュの100円ボールペン、ついにはクレールフォンテーヌのノート、そしてラミーサファリ限定色(オレンジ)なんていう商品まで買うにいたった。仕事で使うテクストも内容ではなく表紙がオレンジ色であるかで決めた(のは嘘)。しかし、そうしてオレンジで固めてしまうと、結局オレンジの鮮烈さはすっかり失せてしまい、凡庸な色合いに見えてくるのである。この辺に人間の慣れのイヤラシサというか、どうして人は物を買いつづけ(させられ)るのかという問題が垣間見える。

いまもっとも欲しいと思っているオレンジ色の商品はデルタというペンメーカーの「ドルチェヴィータ」という万年筆である(上の写真)。これ一本さえあればうちの机の上も見違えるほど華やぐのに買えずに困っている。なぜ困っているかというと「お金が無い」という揺るがしがたい根拠があるからである。
ところで、私のオレンジ熱が発症したのはいまから数年前、ちょうど温暖化が騒がれだし、事実東京の夏が非常に暑くなりだした頃である。これはいままで九州沖縄で好まれるとされていた「色の緯度」が上がりだした証拠である、というのが無根拠な思い込みならよいのだけれど。

学生時代、アメリカ帰りの子に「ミードノート」をもらうことがよくあった。紙質は最悪、万年筆や水性ペンで書いたら確実に裏抜けするシロモノだった。かといって鉛筆で書いてもあまり乗りが良くなくてどうにも使いでがよくなかった。作りも粗雑で、いかにも「アメリカ製!」って感じである(これが一種のステレオタイプだったという事は後に知る)。しかし、短期留学の帰国シーズンになったりするとこれを10冊近く貰ってしまう訳だ。おそらく値段が安く、アメリカ感が強いからだったのだろう、どの子も買ってきてたりした。しかも1冊に紙が120枚とか180枚とか使われているから1冊で1年分のノートになりそうな勢いなのだ。しかし、裏抜けするし鉛筆の乗りが悪い。
結局これらのノートは仕方なく片面使用で水性ペンを使ってブレインストーミングやペーパーのドラフト書きなどに使う事にした。ところがいざ使ってみると結構重宝するものなのだ。いま言ったように紙質、作りとも悪いのだが、そのたたずまいのせいで間違いなど気にせず、どんどん書いていく事ができる。またプリンとした高級な紙質のノートよりも心なしかめくるのが苦にならないし、ページを改めても気持ちが改まったりしないから、かえってアイデアが途切れずに書きつづけられる。振りかえって見れば、授業のペーパーどころか卒論の下書きにもこれが活躍していた。まだパソコンがそれほど普及してなく、ワープロは「清書用」と思われていた頃の話ではある。以前引っ越したときにまとめて捨ててしまったが、今残っていれば・・・・・やはりいつ処分しようか考えている事だろう(笑)
現在ではソニプラなどで気軽に手に入るがあまり使ってはいない。一昨年買った1冊がまだ半分以上残っている。
油性ボールペン

私がボールペンを使い始めた頃は、おそらく「油性ボールペン」しかなかったように思う。なぜか分からないけれど、「鉛筆よりボールペンのほうが大人だ」と思っていたので、高校に入るとすぐにボールペンを使い始めた。しかし油性ボールペンというのは、急にむっつりと黙り込んだように書けなくなることがあり困った。「お湯につけるといい」という人がいて、試してみたがダメ。ある人は「先っぽを炙ると出てくる」などと炙り出しみたいなことを教えてくれたが、加減が分からずに焦がしてしまう。勉強机の引出しにはこうしたボールペンの残骸がゴロゴロと転がっていた。たまに、ボールペンのインクの中に空気が入って分離しているのがあったけれど、あれは空気のところまで行くとどうなるんでしょう?試した事はないけれど。そんな中でも、上の写真にある「ビックボールペン」はあまり黙り込む事もなくなめらかに書けたのだが、ペン立てに逆さに入れておくとダラーンとインクが漏れてきて他のペンにまで被害を及ぼした(いまはそんな事もないでしょうが)。
水性ボールペン
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その後、水性ボールペンというのが現れた。これは軸の中でサラサラのインクがチャポンチャポンしているのが覗けて、「これなら頑固者のように途中でむっつりする事もなく、最後まで書けるだろう」と期待させてくれた。たしかに油性ボールペンのように途中で書けなくなる事はなかった。また水性というと万年筆のインクのようであるが、どういう仕組みか分からないけれど水で流れる事もない。けれど、その頃はまだ「わら半紙」が普通に使われていたので、このわら半紙に水性ペンで書くと、「ワッ」というかんじでにじむ。おまけに裏に抜けている。また教科書の紙質も悪かったから、これにも使えない。そんなわけで油性ボールペンや鉛筆と併用していた。あと、夏の暑いときに胸ポケットに入れておいてドボドボとインクが噴き出した事があってワイシャツに被害を及ぼした(いまはそんな事もないでしょうが)。
ゲルペン

最後に登場したのが「ゲルボールペン」。インクの発色や書きやすさは水性ペンのようでありながら、わら半紙や教科書に使っても滲まずとても使いやすいペンである。私がよく使うのは「三菱シグノ」。ただ最近このゲルペンにも疑問を持っている。ゲルペンそのものというより新製品の発売に。というのも、どうも極細競争にまい進しているフシがあるのだ。文房具店を覗くと「最新超極細!」と銘打って各メーカーがしのぎどころかペン先まで削っている。0.3なんて当たり前、0.28だ0.25だとユーザーそっちのけで極細の限界に挑戦しているような風情だ。0.18なんてのまで出た・・・おまけに、そうした商品が幅を利かせていて、私の探す0.7なんかは時代遅れだとばかり隅っこのほうに追いやられている。そのむかし、CDの登場でコンパクト化が可能になったオーディオ業界が、果てしない小型化競争に突入して結局はユーザーからそっぽを向かれた事を思い出す。「縮み」志向の日本人はいまでも健在なようだ。
juggler555jpさんのブログでも紹介されている満寿屋の原稿用紙を私も使っています。とはいえ、いまどき原稿用紙で書いたものを提出しろなんて言って来る所もないので、主に手紙の便箋代わりにしたり、ブレインストーミングに使っています。
作家の自筆原稿を見るのも好きで先日は吉川英治記念館に行った折、彼の自筆原稿を見る事が出来ましたが、きれいでしたね。私も字は下手なほうではないのですが(デジカメがなくアップロードできないのをいい事に放言していますが・・・)原稿用紙200字、あるいは400字を埋め終わった後でみると、ものすごくバランスが悪い。一文字一文字は私のほうが丁寧に書いているはずなのに、遠目で見ると変なデザインに見える。それに比べて作家さんの自筆原稿は一文字一文字は殴り書きに近いようなのもあるのに、遠目で見るとバランスがとれている。原稿用紙慣れしているというか、万年筆慣れしているんでしょう。自筆原稿を特集した作家と万年筆のページなど見てもその感を強くします。
それで思い出した事ですが、以前『ジャズライフ』で佐藤允彦が次のようなことを書いていました。
「(オーケストラの細かいスコアを書いていて)音の厚いところは当然音符が多くなる。たとえば主旋律、対旋律、ベースラインという三つの動きを全段に書きこんだところを少し遠くから眺めると、三種類の線がないまぜになったタペストリーのようである。『お、なかなか美しいではないか。ちょっと右上のほうが薄いかな。なにか一筆加えたほうが良いかな』と思わず画家の目になっていたりする・・・オーケストレーションという作業は、大きな画布を細い筆で埋めて行く日本画とか、九谷焼や友禅の細密な絵付け、彫金などに似ているのではないだろうか、とさえ思うのだ。」
ひょっとすると作家たちも、同時に造形芸術家の目を持って原稿を書いて(描いて)いるのかもしれないと思ったりします。
パソコンで打ってメールで送信。いまではこれが普通ですよね。
ペンを持つときといえばちょっとした書類にサインするときか、手帳に記入するときぐらいでしょうか?そんなときでも万年筆は仰々しいとボールペンやサインペンで書くことの方が多いですよね。
でも、万年筆もいいもんですよ。保存用のノート作りに使ったり、ブレインストーミングに使ったり、年賀状や手紙、日記を書くのに使ったり。転義的にあまり力を入れて書かなくてもよいものに、字義的に力を入れずに書くためのツールが万年筆です。

上の写真はMontblanc 146 原稿用紙を書くときに使うペンです。
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