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K. Fukao

折れた小指(Final)

治癒
3週間目あたりから急にくっつき始めたらしく、4週間目では、まだ一部くっついていないのでピン抜きを見送り、5週間目でほぼ完全にくっついたのでピンをシュッと抜く。
改めて見ると、小指が変に白い。嫌な予感がして嗅ごうとすると
「はい、嗅がない嗅がないw」と諸橋先生。同じぐらいの年格好だが子供扱いだ。名嘉先生は私よりずっと若い。

こんなもの指に刺していたんだから乱暴だ。

抜いたその日は傷が塞がっていないので濡らさないように言われたが、翌日から洗ってOK。

いや小指に石けんをつけてこすると垢の出ること出ること。その垢で、もうひとりの自分が作れそうなほどであった。

その後、これまでのところリハビリも順調。ギターも弾いてる。まだ16分フレーズが弾けないのだが、これは折る前からそうだったと最近気づいた(/_;)

折れた小指(5)

術後ケア
手術の時、「差し込んだピンを埋めてしまう方法と、先端を表に出しておく方法があります。埋めれば風呂にも入れるし、手も洗えます。ただし抜くとき再び切開する必要があります。一方、先端を出しておくと手は洗えませんし、お風呂につけることも出来ません。また週に何度か消毒に通ってもらいます。ただし、抜くときは一瞬です」と、さあどっち的に訊かれ、切開で再び同じような手術が嫌な私は、出しておくバージョンを選択。

「麻酔切れると痛みますから」と痛み止めのロキソニン、あと抗生剤のフォルモックスを処方された。痛みは幸い大したことなかったが風呂と洗い物が超面倒。とはいえこんなもんだと納得しつつ、週2ぐらいで消毒に通いつつ、普通の生活に戻る。

化膿
2週間目にレントゲンを撮ったら、まだくっつき初めてもいないので、ふたたび包帯の日々。そんなある日のこと。私は元々外耳炎持ちで、変に湿度が高いシーズンになると耳がかゆくなる。ところが今回は痛い。綿棒でいじってみると膿んで腫れている感じ。

「待てよ、体全体の白血球的なものが菌と戦い、耳は菌に負けているんだから、指の傷跡が菌に負けていないってことはない」と否定の連続で考えて、翌日消毒に行って包帯を取ってもらうと、ピンの傷口の一方が白く膿んでいる。

「ちょっとこれは奥まで行く前に抜いちゃいましょう」といつもと違って緊迫した声の名嘉先生。あっという間にペンチが用意され、気づくまもなくシュッという感じで一本のピンが抜かれた。
「抗生剤も出しておきますから、明日もう一度見せに来てください」と言われる。翌日見せる(というかこっちが見たい気満々なんだけれど)と傷も塞がって腫れてもいなかったので、ひとまずほっとした。

フォルモックスが効いてきたのか外耳炎も治まったが、どっちからどっちへ影響したのだろう?

折れた小指(4)

手術
白山の学校でも学生に話して笑われ(/_;)、同僚の先生に話して「是非手術を受けなさい」と励まされたりした。ある先生は姑の介護中に人差し指を骨折し、介護の忙しさで病院にも行かなかったら指が曲がらなくなったと、その指を見せて励ましてくれたりした。そうした声に背中を押され2時過ぎに八王子に着き3時からの手術のため病院に。

手術室は地下にある。この時点で「手術に失敗したときそのまま闇から闇へと葬り去るために地下なのではないか」と勘ぐり始める。手術服に着替えさせられ、手術台に寝かされる。ナースたちはこちらをリラックスさせようといろいろ話しかけてくれるが、上の空。そのうち心電図や脈拍を計る電気的なものを貼り付けられ医師の到着を待つこと数十分。

まず麻酔ということで、脇の下に注射を打つ。これはライン麻酔といって五指に通じる神経の付け根を狙って麻酔をかける技法だそうだ。
「まず、小指に電気走りますから、そしたら言ってください」
ふむふむ、電気ね、発電に使えたらいいの、、、ギャー、イタタタタ><
「はい、麻酔入れます」
ふう
「次、中指に同じような電気が・・・」
待てい待てい、一発目は何が来るか分からず抜き打ちだったから我慢できたが、同じものが来ると分かって待つのかい??志ん生も「昔は急に嵐が来て、嵐だってことになったが、いまは来る前から嵐が来ると分かっているから、待ってる間も・・・」
「ちょっと力抜いてください」
「あの痛さ経験したいま抜けるか、アホ」と心の中で唱えつつ、「あ、はい」と曖昧な返事をしているさなか、第二便到着、ぎょえーー。
「次、親指行きます」
「いえ、来なくて結構です」
「親指は、神経の周りに注ぐのでさっきみたく痛くないですから」と言っている間に行ったみたいで、気づかないうちに終わっていた。

やがて麻酔も効いてきて、左手が他人の手になったので手術開始。

ところで、よく考えれば当然だが、手術室というところは医師やスタッフ、患者をリラックスさせるために音楽が流れているんだね。私の時は徳永英明の『ボーカリーズ』。私としては「セントジェームス病院」でも流れていた方が気分が出たのだが、プリプリの「M」なんか流れていい感じで聞き惚れていると、手術開始とともに流れてきたのが沢田知加子オリジナルの「会いたい」。これ恋人が急死する歌で、若い恋人の急死って言ったら交通事故か手術ミスでしょ?「ナースさん、オレ死ぬんかな?」という渾身のボケを軽いタッチで流され、あっという間に手術終了。遠くでドリルが回っている音がしただけだった。その時間およそ10分。手術の執刀医は諸橋先生だったが、そばに名嘉先生もいて「宗教上の教義に反しませんでしたか?」と聞かれたので、正直に嘘だったと話すと、「やっぱり」。やっぱりこの先生侮れんわ。

折れた小指(3)

手術前日
火曜日に仁和会に行くと、紹介状特権というのかさっそく診てもらえることに。

「これは手術した方がいいですね。指というのは変なくっつき方するととてもやっかいなんですよ。」と、断るつもりが顔に出ている患者に向かって名嘉先生が断言する。

むむ、敵はこっちの気持ちを読んでかぶせてきたな。ならば奥の手。

「あのう、宗教上の理由で手術は禁忌(タブー)なんです」
どうだ、宗教上の理由に勝る理由はないだろ(・∀・)きのう大学で考えたんだ。

「輸血もないし、切開もない、ただ上からピンを刺して折れたところを固定するだけですが、そんな手術を禁じる宗教ってどこですか?」

んが、こんな突っ込みあるのかい?そもそも「西洋世界では宗教上の・・・」と考えて気づいた。ここは東洋世界であったのだ。だから靖国とかなし崩しで・・・などと考えているうちにしどろもどろになり、
「えっと、その、まあ、あのそういう手術とは知らなかったもので、わっかりました、受けます」と分かったことをはっきり伝える口調で返事をした。

その後心電図だの肺のレントゲンだのを撮られ、手術は翌日と決まった。翌日は水曜日。朝1限から白山の大学だ。休もうかとも思ったが、それこそ学生や同僚の先生から「勇気をもらう」ために出講し、午後八王子に戻ってから手術を受けられるよう手配した。

折れた小指(2)

骨折
翌日起きてみてみると、まだ腫れが引いてない。これは平先生行き決定。午後から丹木町の大学なので、午前中に行ってしまおうと9時ぐらいに行くと、もうお年寄りで満員。受付嬢にどれぐらいかかるか尋ねると、「多くの人がリハビリなので30分ぐらいですよ」と言われ、大人しく待つことに。

ところが10分もしないうちにレントゲン技師らしき女性が呼びに来てくれたので「最近の病院は手際が良い.感心感心」とレントゲン室に入ると、

「右足ですね?」
??
「いえ左手です」
「あっ、えーと?靱帯ではないのですか?」

そう、数年前の靱帯の件で来たと思われたのだ。数年前側副靱帯裂傷という、小規模の怪我のわりにややこしいサポータをつけなければならない怪我をしたのである。

「ではもう少しお待ちください」

ということで、今度はたっぷり40分待たされたあと、レントゲン、診察ということで平先生から「骨折ですね、手術が必要ですから仁和会の紹介状を書きましょう」。

ちょっと・・・いま、診断と治療方針をワンフレーズで言い切りませんでした?
「あの、手術はちょっと・・・」
「ま、それは仁和会の先生と相談して決めてください。手術なしって可能性もありますから」
と、可能性を微塵も感じさせない口調でおっしゃる。

「うぇあっかりました」と、こちらも納得したことを微塵も感じさせない口調で返事したが、先生はナースに何か指示していて聞いていなかったようだ。その後ナースに包帯と三角巾をセッティングされて診察終了。

ということで、紹介状込みで9千円支払って、店を出た。仁和会には翌日行くことにした。

大学では学生が「どうしたんだ、どうしたんだ」の嵐なので、事情を話すが、話が巧みなので(・∀・)爆笑されてしまった。ほんとうは同情されたかったのに。ま、嘘だけれどね。手術はあくまでもいやだったので、同僚の先生と話しながら「医師に無理矢理勧められた場合、宗教上の理由で・・・」で断ることにしようと決めた。これは西洋世界においてはなかなか強力なエクスキューズとなるのだ。むはは。

折れた小指(1)

指の怪我もほぼ完治して、キーボードを普通に打てるようになったので、今回の怪我の顛末について記しておこうと思う。

きっかけ

5/27(日)、いつものようにサックスの練習をした帰り、大横町の交差点を通りかかったら、いかにもって感じの小型の男がさらに小型の女を殴っていた。いわゆるDQNである。それだけなら私も見て見ぬふりをして通り過ぎるところだったが、子供がそばにいて大泣きし、車道に飛び出たりしているので危険であった。そこで子供を歩道に連れ戻し、その小型カップルの仲裁に入ったところ、突然殴りかかられた。

咄嗟のことではあったが、なんとか左手で拳を防ぎ、右手に持っていたサックスケースで相手をボコンと殴り返したらひるんだようで、捨て台詞を残して去って行った。

家に帰って落ち着いてみると、左手の小指の付け根がなんとなく痛い。少し腫れて熱も持っているようだ。日曜の夕刻なので開いている病院もなく、それほど痛くもなかったので、明日平(たいら)先生に診てもらおうと決め、就寝する。

にしても、あの女房。まあ、DVから助けたというか救ったわけなのに、去り際「うっせんだよ、あっち行けよ」と旦那に殴られて腫れた顔で泣きながら、私に毒づいて来やがった。共依存である。

東プレ Realforce 108UH を購入

パソコンを新調したものの付属のキーボードに納得できず、数日間迷ったあげくリアルフォースを購入した。

ネットでは定評のあるキーボードだがやはり実物を触ってみないと実際のところはわからないので、新宿西口のヨドバシカメラで試し打ちしてみて決めた。この機種以外にもCherryの黒軸、茶軸、青軸をつかったFilco製のMagjestouch各種も試し打ちしてきた。


Majestouch(黒軸) 噂に違わず相当に重めの荷重。底打ちしないタイピングだと戻りも速いので速度が出そう。


Majestouch(茶軸) 黒軸よりもずっと軽くて打ちやすそうなキーボードであった。


Majestouch(青軸) さらに軽いタッチで、高めのクリック音が出る。BGMをガンガンに流しながらゲームをやる人には一番向いてそうなキーボード。

Realforce 108UH タッチの重さは茶軸と同じくらいだが、音があまり出ない。

値段から考えてMajestouchの茶軸にしようと思ったが、Amazonでは相当に値引きされているし、ちょうどポイントも貯まっていたので思い切ってRealforceを選択した。

種類はキー配列、色、インターフェース、荷重、かな印字あるなしで選択できる。

注意すべきはインターフェースで Majestouch と違いPS/2とUSBの変換はサポートされていない。とくにUSB→PS/2は動かない模様で、同社のホームページでも注意されているし、実際に試みて動かなかったという報告がネット上でもされている。

色やかな印字の有無は趣味だが、荷重は自分に合ったものを買った方がよい。薬指や小指の触れるキーが軽めの荷重になっている変荷重モデルもありそちらの方がおすすめかもしれない。私の場合は厳密なホームポジションを守った打ち方ではなく、サックス吹きだから薬指や小指もそこそこ力があるので、統一荷重45gのモデルを選んだ。また統一荷重で30gという軽いものもあるのでそちらも検討に値する。

キーボードはパソコンの筆記具と考えると、自分が使いやすいものをそろえるのは大切なことだと思う。

来年の手帳 2012

これまでシステム手帳、クオバディス、ほぼ日手帳を、飽きたら取り替えるという感じで毎年交互に使ってきたが、今年は新しい挑戦をして息巻いている。

Smythson の綴じ手帳を取り寄せたからである。

スマイソンは1887年、ロンドンのボンド街に開店した文具店で、来年で125年(1世紀と4半世紀)を迎える老舗である。特にその紙類は "Featherweight Paper" と呼ばれ、薄くて軽いのに裏抜けしない紙として定評がある。手帳にも同種の紙が使われていてずっと欲しかったのだがなにせ高い!50ポンドほどするから普段は縁のない手帳として敬遠してきた。しかし、ここしばらくの円高でかなり安く買えるようになったので、思い切って購入してみた。


このような箱に入って届けられる。リボンもかけられていたが外して捨ててしまった。


表紙は実にシンプル。右下に2012年と打たれているのみ。


小口には、ちょっと見づらいが金箔が打たれている。


"CELEBRATING 125 YEARS" の文字が2012年度版の特色か?


マンスリー(月別ページの部分)はなく、年間予定表がある。これは少し残念。


ウィークリー(週間ページ)はいわゆるレフト型。左ページに月曜始まりのスケジュール欄があり、右ページがノート。

そして問題のフェザーウェイトペーパー。その品質を証明するように透かしが入っている。

したがって手帳自体も、かなりページ数があるにもかかわらず、非常に軽い。

そのほか前の方に情報ページ、後ろには路線図が付いているが、イギリスとアメリカの文化情報とロンドン、マンハッタンの路線図なので、眺めて楽しむ程度である。

円高ゆえの贅沢だが、使い勝手がいいようならば、今後も使おうと思う。

素晴らしき日曜日よりの使者

ちょっと前に話題になった出来事だが、明石家さんま、島田紳助、ダウンタウンらが被災地へ向けてメッセージを送る企画があった。

さんまはさんまらしく脱力系で明るく前向きに、紳助は彼らしく偽善的な、浜ちゃんは浜ちゃんらしくひたすら前向きなメッセージを書いていた。

しかし、まっつん

AC~♪

天才って言葉、あまり使いたくないけれど、彼には当てはまるでしょう?悪いけれど他の人のメッセージがかすんでしまう。

しかも彼のメッセージには二重の仕掛けがあって、震災の影響でやむを得ずAC広告だらけになったことに対して、クレームつけた連中に対する批判ともなっている。わたしもこの「AC広告に批判~耳につく」って記事を読んだ時、

「そこかよ!?」

と思った。これ、いまじゃない、震災後一週間とかそれぐらいの頃の出来事。「この時点でそこに突っ込むのかよ!?」ってかなり違和感を感じた。まっつん風に言えば、「糞不味い料理出されているのに、それが『熱い』ことに文句言う」ような見当違いっぷり。

この辺の下らなさを風刺しつつ、やはりあのAC~♪は流れ過ぎだったし、耳につくし、それはひょっとすると被災地のシェルターでテレビを観ていた人にも共通する感情だったのではないだろうか?

浜田の優等生的なメッセージ対してもぴったりとはまった会心のボケだと思う。

今年の手帳 2011(改)

今年の手帳は、以前の記事でも紹介したようにクオバディスのエクオロジーを使う予定であった。ところがこの手帳が突然の驟雨にやられ、濡れてダヨンダヨンとなってしまい、買い替えを余儀なくされた。同じものを買ってもいいのだが、久しぶりに「ほぼ日」手帳の4月始まりを使ってみることにした。本当はもっと早くに書く予定であったが、地震があったりして紹介が遅れた。

実はこれ、右下にちょっとだけ写っているが、ディズニーのミッキーマウス柄なのである。とはいえ上下左右全部ミッキーミッキーミッキーという、ディズニーショップで売られているような幼稚な感じのするものなら食指が動かなかったが、さりげなくミッキーがあしらわれているところが気に入った。

このようにしおりにもミッキーが描かれている。

そして実は、このカバー全体がミッキーマウスカラーなのである、

ビニールカバーをかけているせいで、少々オイリーでグリージーなミッキーマウスではある。