アリストテレス『詩学』 (岩波文庫)

この本にはアリストテレスの『詩学』とホラティウスの『詩論』の古典詩論2編が載っています。私のように18世紀の古典主義文学を研究している場合はホラティウスの『詩論』もかなり重要になってくるのですが、一般的な読者はアリストテレスを読んでおけば十分でしょう。ここでアリストテレスは『悲劇』と『叙事詩』について述べています。もう一つの重要なジャンルである『喜劇』に関するアリストテレスの論は現在残っていませんが、この「失われた喜劇論」をベースに中世修道院を舞台として書かれた「衒学的推理小説」が『薔薇の名前』です。この小説とその映画についてはわずかですがブログで言及しています。

『詩学』がそれ以降の西洋文学に与えた影響は計りしれません。有名な「三一致の法則」(時間、場所、行為の一致)や「悲劇の筋立て」(はじめ、なか、おわりの分類)、「人物」よりも「筋」の重視、そして「カタルシス論」など、功罪合わせてその影響は近代文学にまで及んでいます。功の部分は劇一般に対して明確な構成原理、批評原理を与えたこと、さらに「カタルシス」のように論争含みではありながら、近代にまで通用する「用語」を生み出したことです。反対に罪の部分は一部の批評家たちが彼の原理を墨守しすぎて、その結果形式的な批評論が横行し、英文学(とりわけ18世紀)において闊達(かったつ)な詩や劇を生み出す阻害要因となっていたことが考えられます。

これは優れた詩や劇を生み出すための一種のマニュアル本として書かれたものです。従って用例も当時の具体的な作品に基づいているため、注釈を読むのがうるさく感じられる人もいると思います。しかし、その反面この「マニュアル本」が2300年の歴史を生き抜いてきたことに畏れを通り越して恐ろしさを感じませんか?現代の文学作品にも十分通用する普遍性を備えているんですから。いずれにせよ、アリストテレスを読むといって、いきなり『形而上学』などを読み出して挫折する(昔の私のようになる)よりも、この一冊を読んでよそで「アリストテレスを読みました」と吹聴してみてはどうでしょうか?(笑)

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