Mom and Pop were just a couple of kids when they got married.
He was eighteen, she was sixteen, and I was three.
--Billie Holiday (Lady Sings the Blues)
(ママとパパが結婚したとき、二人はまだほんの子供だった。
パパは18、ママは16、私は3つだった。)
ビリー・ホリデイの自伝Lady Sings the Blues(邦題『奇妙な果実』)の冒頭である。だが、敢えて言えば二人は結婚はおろか同棲もしていなかった。そしてクラレンス・ホリデイも、実は彼女のパパなどではなかった。
「私生児として生まれ、幼い頃から売春婦として働かされ、歌で成功するも人種差別の辛酸を舐めさせられ、酒とドラッグにおぼれ、恋に破れるジャズシンガー」ビリー・ホリデイを描いたこの「自伝」は、だが実際には自伝などではなくゴシップ記者のウィリアム・ダフティーが扇情的に誇張し捏造して作り上げた質の低いゴシップ記事なのである。しかし、彼やその妻メイリー・ダフティー(フロー・ケネディーをして「彼女の寄生虫」と言わしめた人物)にだけその責任があったわけではない。読者や聴衆もまた「そういうビリー・ホリデイ」を読みたがり聴きたがったのだ。そして不思議な(というかもっともな)ことに、彼女自身がそのイメージを受け入れ、今度は積極的にそれを追い求めるようになった。「ビリー・ホリデイの伝説」とはそれを求める聴衆の欲求と、演出する芸能界という装置、そしてビリー自身という素材が複合して出来あがったものなのだ。