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Nature to all things fix'd the Limits fit

Nature to all things fix'd the Limits fit,
And wisely curb'd proud Man's pretending Wit:
As on the Land while here the Ocean gains,
In other Parts it leaves wide sandy Plains.
--Pope. An Essay on Criticism. 52-55
(自然の女神は全てのものに、ふさわしい限界を設け、
高慢な人間の思いあがった知恵を賢くも抑えた。
ちょうど大陸で、こちら側では大海が侵食し
別の場所では広い砂浜が広がっているように)

ポウプが用いる「侵食する海」のイメジはシェークスピアのそれと一緒で陸と海が隆替を繰り返すものとなっている。だが、これは人生や歴史を歌ったものではなく、一個の人間の才能の様相を歌ったものである。この直後に「記憶力」「判断力」「想像力」といったジョン・ロックが好みそうな諸能力(と、それが隆替していく様)を具象的なイメジを用いて歌っている。ここにはダンやシェークスピアのような広がりは感じられない。もっと細かく、小さな世界を精緻なイメジを駆使して分析するエートスが働いている。そして、このパラグラフの最後は

Like Kings we lose the Conquests gain'd before,
By vain Ambition still to make them more:
Each might his sev'ral Province well command,
Wou'd all but stoop to what they understand.
64-67
(国王たちのように、私たちは以前に征服したものを
もっと殖やそうと空頼みの野心を起こして失ってしまうのだ。
自分で理解しているものにだけ身を屈めていれば
誰でも各々の領地をよく治められるはずなのに)

と世間知のような言葉で結ばれているのが面白い。ポウプは若くしてこの作品を書いた。そのためダンやシェークスピアのような深みがないのは仕方がない。しかし、深みに欠けるのと同時に変に老成しているのはなぜだろう。

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