Bassanio: Do all men kill the things they do not love?
Shylock: Hates any man the thing he would not kill?
(The Merchant of Venice. 4. 1. 66-67)
「気に入らないから殺す、それが人間か?」と問いただすバッサーニオに対して「憎けりゃ殺す、それが人間だ」と言いはなつシャイロック。『ヴェニスの商人』のあまりにも有名な場面である。この交差法(chiasmus)は日本語に直訳するとかえって不自然になるせいか、小田島・福田訳とも平行法(parallelism)を用いている。
一体この一節にどれほどの人間が解説を加えているだろう?ある人は言う:「シャイロックは正しい、それが人間の本性だ」。また別の人は言う、「憎けりゃ殺す、それは人間だけだ。動物は憎しみから殺したりはしない。人間は本能が壊れているんだ」云々。もう、そういう議論はお腹一杯である。そうしたニヒリスティックな、あるいはペシミスティックな身振りは、虚無的・悲観的な事態を達観して受け入れられる自己の優越性を誇示しているに過ぎないのだから。
人間だからこそ、同時にバッサーニオのような問いを立てる事が出来る。「憎けりゃ殺す」のも人間なら、それに異議を申し立てる事が出来るのもやはり人間だけなのだ。したがってこの問答は徹底して人間の内側の戦いを描いているのであり、獣より下だとか、本能が壊れているとかいったようなのんきな事態ではないのである。